可部線
1980年代、国鉄は赤字を抱える路線を次々に廃止した。その多くが終着駅からどこにも行けない盲腸線だった。
中国地方では、廃止バス転換および第3セクター化された路線はすべて倉吉線などの盲腸線だった。よって、現在の中国地方にはJRの盲腸線は極端に少ない。
その中国地方に数少ない盲腸線として残った可部線も岐路に立たされている。
可部線はもともと、広島と山陰の浜田を結ぶ陰陽連絡線として計画され、三段峡まで開通して計画が頓挫した路線である。可部までは電化されており、本数もそこそこに多いのだが、そこから先、三段峡までは非電化で、その上定期列車の1日の運行本数は可部〜加計間8往復、加計〜三段峡間5往復と超ローカル線なのである。
JRが1990年代後半から廃止を検討し始め、ついにその話は現実性を増している。地元との協議のうえで成立した試験増発の期間も終了した。JRの路線として存続させるということに関しては厳しい状況が続いている。
しかし、地元は行政主導の廃止反対運動を打ち出していた。沿線の広島市、湯木町、加計町、筒賀村、戸河内町などは、「がんばれ、かべせん」をスローガンに可部線を利用した大田川流域の交流事業へと昇華、様々なイベントを企画した。
例えば、広島市内の小学生の自然体験授業。可部線に乗って沿線の風景を眺めるものだそうだ。たかが沿線風景と馬鹿にしてはいけない。大田川流域は未開発の場所が多く、自然のままの地形を楽しむことが出来るのだ。
可部線沿線の神楽、棚田、酒蔵等を利用したツアーも多数企画され、ワシも、トンネル(酒蔵)見学ツアーに去る3月31日に参加した。これは可部線の可部〜三段峡間を利用することが条件のツアーで、三段峡から先、浜田までの建設工事に手をつけた跡、途中まで掘ったトンネルを酒蔵として使っている場所がある。そこを見学しようというツアーである。
再検討される条件は輸送密度800人だそうだ。第1回の試験増発では750人ほどまで達したものの短期間での記録であったため、期間1年の第2回試験増発が行われた。その結果がだいたい500人ほどと言われている。JRとして存続するのはかなり難しい情勢である。しかし、増発しても可部〜加計間は1日9往復、加計〜三段峡間は1日7往復。物理的に800人などいくわけがない。しかも1年もの間これを保ち続けなければならない。そこで自治体が数々のツアーを行ったのだが、限られた休日だけで平日の分をカバーすることは難しい。
車がなければ地元の人は生活できないような場所なのである。ひとたび車に慣れれば鉄道など使わなくてもよくなる。更に急カーブ急勾配のこの路線は制限速度が厳しく、鉄道なら速いということがないのだ。
さて、ワシは鉄道ファンは鉄道に貢献するべきであると信じている。しかし、可部線沿線では、車で撮影地に赴き、本数の少ない列車を撮影して車で帰るようなことが行われていた。彼らは鉄道に貢献していないばかりか、付近に排気ガスをばら撒いた、もしかしたらごみを散らかした、さらにもしかしたら大騒ぎして周辺の住民に迷惑をかけた、とさすがにここまではやらないと思うが、それでもこういった行為が貢献どころかマイナスになっていることは否めない。鉄道ファンは撮影に行くにも鉄道を利用するべきであり、それが当然であるはずなのである。たとえ1日3往復の超ローカル線であっても。
しかし、鉄道ファンの悪口を言うだけでは問題は解決しない。問題はもっと深刻なところにある。
日本の鉄道において最も自然な形とは何であろうか。ワシは地元の住民が「足」として利用できるものだと考えている。観光鉄道というものがあるにはあるが、それは自然ではないといえよう。なぜなら、鉄道とはもともと交通、或いは物資運搬の手段に過ぎないのだ。ましてや鉄道ファンのために作られているわけではない。観光鉄道というものは、ある程度鉄道が自然の地形の中を通すことが出来ることから考え出されたものである。鉄道の利点を利用していることに関しては否定しないし、そういう鉄道もあっていいと思うが、沿線住民が日常的に利用できるものであることが第一条件であると思う。さらに観光客が楽しめる路線であれば言うことなしなのであるが。
どんなローカル線であれ、1時間に1本はなければ機能しないと思う。しかし鉄道会社は赤字を理由に本数を減らし、不便になったことで利用者がさらに減るという悪循環を繰り返すのである。鉄道会社は自らの手であるべき姿から遠ざけているのである。しかし、鉄道会社を一方的に攻めることは出来ない。赤字なのは事実である。JRが多数の不採算路線をいまだ抱えていることも事実である。JRといえども企業なのである。沿線の人口が少なければ、赤字になるのも仕方がない。それを廃止しようとする動きがあることも仕方がないということも事実なのである。
だが、この「鉄道の廃止」には1企業のリストラを超える大きな問題がある。
鉄道の廃止は、沿線の町を衰退へと辿らせる大きな要因となるのである。実際、国鉄末期に廃止された赤字ローカル線の沿線の人口は激減している。ワシは以前徳島県の小松島線の廃線跡を辿ったことがある。小松島線は営業キロが1つの路線としては日本一短い路線として有名だった。終着駅の小松島港駅は和歌山港からのフェリーが発着し、たいへん賑わったそうだ。しかし、小松島線の廃線後、フェリーの多くは徳島港に行くようになってしまった。
ここで危惧しなければならないのは、仮に可部線が廃止された後の沿線の町である。鉄道廃止後の交通手段としてバスが使用されることになる。しかし、バスは営業上の問題などからどうしても運賃が高くなってしまう。さらに、道路の状況に左右され、時間通りに運行できないことがある。さらに可部線沿線は標高が比較的高く冬には雪が降るため、道路が閉ざされて交通手段が絶たれる恐れがある。
バスは鉄道輸送の末端を担うものだと昔は思っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。しかし、長距離輸送においてバスは鉄道よりも不安定であると言わざるを得ない。
また、鉄道があるということ自体が、沿線の町に付加価値をもたらすのである。例えば、ある都市からバスで2時間の町と鉄道で2時間の町とでは、バスで2時間の方がへんぴな場所と思われがちなのである。
鉄道の廃止がその沿線を衰退させることは国鉄末期に実証済みである。もし可部線の非電化区間が廃止されたとしたら沿線におけるその影響は計り知れない。
JR西日本はたとえ赤字であれ国鉄から路線を引き継いだ企業としてこの路線を少しでもよくしようと努力するべきなのである。設備改善で少しでもスピードを上げることや、効果的な増発、或いはトロッコ列車の運行などもいいかもしれない。要は、沿線住民にとって利用しやすく、なおかつ、観光客にとっても魅力的な路線にすればいいのである。
可部線が廃止対象に選ばれた背景に、この路線が終着駅から乗り換え不可の盲腸線であることが関係していることは明確であろう。例えば、木次線の出雲横田〜備後落合間、三江線の浜原〜口羽間のほうが利用者が少ないように思えるからだ。しかし、これらの路線はどちらも山陰本線と芸備線を結んでおり、むやみに廃止にするわけにはいかない。要は、可部線は廃止しやすいのだ。
盲腸線であるために廃止の対象にされるということはおかしいと思う。
この稿においてはワシが鉄道ファンとして廃止に反対しているということに関しては自重しなければならないと思う。可部線の風光明媚な車窓風景は守るべきだと思うし、鉄道ファンとしては1つの路線が消えるのは寂しいことである。しかし、鉄道ファンの趣味のために鉄道があるわけではない。あくまで廃止されることで沿線が甚大な被害を受けることが予測されるため、自分が出来る範囲で応援したいと考えているのである。
しかし、一介の鉄道ファンとして可部線の魅力を紹介したいという思いは強い。話の腰を折らぬ範囲で書いてみようと思う。
この路線の魅力は何といっても並行するように流れる大田川である。日本の鉄道風景には川は欠かせないと思う。川が流れていて、山がちな風景で田畑があれば心が和むのである。
三段峡側には棚田がある。もう使われていないものもあれば、実際に米が作られていたり、中にはツアーに利用されているものもあるらしい。
安野駅の周りには、色とりどりの花が植えられている。鉄道ファンにも人気の撮影ポイントだそうだ。
とまあ、鉄道ファンにとっても可部線は魅力的な路線である。
次に地元の取り組みを知る範囲で紹介したいと思う。
多くのツアーや体験学習が行われたことは上に書いた。また、「がんばれ!かべせん」というミニコミ誌を発行して可部線沿線の見所を紹介するなど、様々な方法で利用を呼びかけた。これらはある程度結果を出している。
津浪駅という駅がある。サザンオールスターズのTSUNAMIにちなんでTSUNAMI隊が結成され、桑田圭祐さんを津浪駅に呼ぼうという運動を起こしている。
試験増発の最終日の3月31日、は戸河内ふれあいセンターで「かべせんフェスタ」が行われた。地元の可部線に関する取り組みの紹介、地元の特産物の販売、講演会などなど楽しめる内容となっていた。
そして目玉は12時半より行われた可部線対策協議会公式セレモニーだ。地元の自治体の首長が集結し、衆参両議院議員も数人来賓として出席された。ここではこれまでの運動の総括、これからに向けた提案が行われた。
試験増発が終わったこの日を「新たなプロセスのスタート」としている。とるべき行動として「地域と交通のあり方」という、より広い観点から、「今の姿で残す」ことを越えた「存続の新たな姿」をさぐる次のプロセスへ移行することを挙げている。そのプロセスとは、都市と中山間地域の交流を軸とした「広域的な活性化の取り組み」を強化し、その活性化を促進する交通のあり方を、可部線の運営方法を含めて幅広く研究し、透明性の高い議論を行う枠組みの構築だそうだ。
特筆すべきは、単なる廃止反対運動に収まらなかったことだ。可部線を通じて自分たちの町を見つめ直し、たくさんの「名物」を生み出すと同時に大田川流域の交流事業へと昇華したこと。そしてそのプロセスにおいて可部線存続を目指すということ。
鉄道を守ることが地域をを守ることに繋がる、つまり、地域を活性化すればその結果として鉄道を守れると考えたのである。
地域や国、県、JRと河戸電化延伸、パーク&ライドなど可部線の強化の可能性、第3セクター方式での運営、鉄道以外の交通機関の導入、などについて話し合う場を設けること、そして、その場において広域的な活性化を促進する交通のあり方について沿線住民の意向を十分反映しながら、今後3か年間で方向性を出すことの2つを提案している。
ここからはワシ個人の意見だが、地元の活動、観光名所の存在などを照らし合わせ、JRは可部線を安易に廃止することは避けるべきで、むしろ、この路線について多方向から検討を重ねる必要があると思う。地元のニーズに沿った営業こそ重要である。
さらに、JRが廃止を決定した場合、バスの導入はせっかく行ってきた地域活性化事業の成果をふいにする可能性がある。第3セクターでの運営に焦点を合わせるべきである。確かに3セクは莫大な出費を必要とする。しかし、地元の将来、そして三段峡という一大観光地の存在を考えればここに鉄道が存在する意味は大きい。
3セクには大きな利点がある。地元資本の会社であるため、地元の要望に応えやすいのである。地元にとって有益なダイヤ、無駄のない営業、地元色を前面に出した宣伝が行える。赤字脱却は厳しいかもしれないが、収支は今より大幅に改善することが予測できる。
しかし、どちらにしろ最も重要なのは地元の住民が利用するかどうかである。沿線の住民が可部線を日常の足として利用することこそが可部線にとって必要なことなのだ。もっとも、足として利用できないほどに本数を減らしたのはJRだが。本数を減らして少しでも損失を減らすという今までのローカル線の営業形態が間違っていることは、多くの第3セクターが証明した。
最近不穏な空気が流れている全国の赤字ローカル線、可部線はそれらの路線の命運を握っている。
可部線の存続を願ってやまない。

戸河内駅付近にて