近畿日本鉄道北勢線

 

 かつて日本には軽便鉄道なるものがあった。明治〜大正にかけての鉄道建設ラッシュの時期、地域の交通を担う手段として、全国に建設されたナローゲージの鉄道だ。

 

 日本の鉄道の規格は、いわゆる狭軌と言われる1067ミリのものが大多数を占める。新幹線は標準軌と言われる1435ミリを採用している。しかし、一般的に軽便鉄道といわれるものは狭軌の1067ミリよりもさらに狭く、610ミリ、760ミリ、914ミリなど、様々な種類がある。

 そのほとんどは1960年代までにモータリゼーションの波によって消えていった。

 近鉄北勢線はかつて北勢軽便鉄道として開通し、今でも軌間は762ミリである。他にも近鉄には八王子線、内部線という762ミリゲージの路線がある。その中で北勢線は最も長く、20.4キロある。

 この北勢線は、赤字のためここ数年廃止、バス転換が検討されてきたが、200341日に廃止を決定、中部運輸局に廃止届を提出した。赤字額が年間7億円に達すること、老朽化によって施設を更新しなければならないが、ナローゲージのため他の鉄道施設と違い費用がかかることなどを根拠にしている。

 しかし、その7億円という赤字額の不透明さ、そして、輸送密度が比較的高いことなどもあり、地元は廃止反対運動を続けている。

 

 ワシは3月の28日に乗りに行った。

 朝だったこともあり、阿下喜行きの列車の乗客はそんなに多くない。そしてそれはまさに軽便鉄道だった。建物と建物の間をするすると抜けていくように走る。普段1067ミリのレールを見慣れていると、北勢線は遊園地の豆汽車のようだ。マッチ箱のような小さな3両編成の電車はコトコトと走ってゆく。

西桑名から離れるにつれてのどかな光景が広がっていく。だが沿線にはそこそこ人がいるようだ。制服を着た学生が反対方向の電車を待っているし、外を見れば人が歩いている。

 北大社までは日中1時間に2本ほどあるのだが、そこから阿下喜までは本数が半減する。

 阿下喜に着く。無人駅だが立派な駅舎を持つ。朝の通勤、通学時間帯であることもあって降りる人はそんなに多くない。20.4キロを5060分かけて走るから、表定速度は時速20キロ強。「速さ」とは無縁の世界だ。

 折り返しの電車は西桑名に近づくにつれて乗客が増えてゆく。もし廃止されて20.4キロの道のりをバスで移動するとしたらそれはたいへんだろう。そして、西桑名につくころには立つ人もいる。バスでは積みきれないかもしれない。

 日本最大の私鉄だけあって近鉄は不採算路線も抱えている。軽便鉄道の北勢線はその代表格となってしまったが、ワシは北勢線を訪ねて、この路線が地元の住民にとって重要な足であることを確認することができた。一部では第3セクター化が報じられている。これが早く確実な情報として発表され、実現されることを期待する。

 

 

 日本の鉄道において貴重な財産たる軽便鉄道。その面影を色濃く残す北勢線がいつまでもあの独特なモーター音を響かせることを願う。