| 1970 |
| ライブバンドとして再出発 |
| 12s.g | Rodger McGuinn |
| g | Clarence White |
| b | Skip Battin |
| d | Gene Parsons |
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ベーシストがジョン・ヨークからスキップ・バッティンに交替し、新しいユニット構成に。この顔ぶれがバーズ史上、もっとも長続きした。約3年、アルバム3枚を発表する。演奏面でも申し分なく、ハードスケジュールのライブを積極的にこなし、深刻な財政難から脱出する。安定期といえよう。 10月/シングル『Chestnut Mare』発表。サビ以外はセリフの語りで構成された曲。海援隊の『母に捧げるバラード』も、そういう構成でしたね、そういえば。なお「チェスナット・メア」とは、栗毛の馬のこと。 この当時ロジャーは、ジャック・レヴィという演出家のミュージカル『Gene Tryp(なんと読むのでしょう。トリップと書く人もいればトライプと表記する文献もある)』への楽曲提供に熱中していた。グリーグ/イプセンの戯曲『ペール・ギュント(Peer Gynt。アナグラムがGene Tryp)』をロック・ミュージカル化したものだそうだが、上演までには至らず、バーズのアルバム中に曲だけが残った。 |
| 1971 |
| 最後の羽ばたき |
| 12s.g | Rodger McGuinn |
| g | Clarence White |
| b | Skip Battin |
| d | Gene Parsons |
| 12s.g | Rodger McGuinn |
| g | Clarence White |
| b | Skip Battin |
| d | Gene Parsons |
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8月/シングル『Glory, Glory』 11月/シングル『America's Great National Pastime』これがバーズとして最後のシングル。
6月に発表したアルバム『Byrdmaniax』は、テリー・メルチャーのオーバー・プロデュースによる失敗作とされているが、
そんなに捨てたものではない。気になると言えば、ヘヴィメタルチックな
ジャケットのデザインと、のんびりしたカントリーポップやボードビルっぽい曲が続く
中身とのギャップが激しすぎるくらい。しかしバーズの面々はむちゃくちゃ
不満だったらしく、11月発売の『Father Along』は初めてメンバーのセルフ・プロデュースによって製作された。 ●スティーブン・スティルスのマナサスにクリス・ヒルマンが参加。 ●ジーン・クラーク、俗に『White Light』として知られるフォーク調のアルバム『Gene Clark』発表。ひどく地味な内容だがヨーロッパではなかなかのセールスを記録した。 |
| 1972〜1973 |
| また会いましょう |
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『Father Along』のレコーディング中、ロジャーはオリジナルメンバーによるバーズ再結成企画に乗っていた。それが現メンバーの反発を招き、まずジーン・パーソンズが脱退。ジョン・ゲアリンを加えたものの長続きしなかった。 ●イーグルスがイギリスでデビュー盤『Eagles』を製作。 |
| 12s.g | Rodger McGuinn |
| g | David Crosby |
| g,per | Gene Clark |
| b,g | Chris Hillman |
| d | Michael Clarke |
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3月に発表した再結成アルバム『Byrds』は、新興レーベルのアサイラムが話題づくりをねらって企画したらしい。70〜71年にかけて録音されたジーンのアルバム『Roadmaster』のセッションにおいて、5人がレコーディングスタジオに顔をそろえていたいきさつがあり、再結成を勢いづけたのだろう。しかし、アルバムを聴く限り、どうもロジャーの熱意があまり感じられない。プロデュースをデビッドに任せてしまっているし、曲の提供もたった2曲である。その分、ジーンやデビッド、クリスが張り切って埋め合わせしているものの、別テイクをつなぎ合わせた境目がわかってしまうなど、エンジニアリングもイマイチで、どうも全体に仕上がりの密度が薄い。 本家(どっちが本家だがわからんが)バーズでは、スキップ・バッティンが脱退。残ったクラレンスに加えてクリス・ヒルマンを呼び戻し、ジョー・ララにドラムを叩かせてニューヨーク公演をおこなう。これでバーズとしての活動にピリオドが打たれる。 |