1968
カントリー音楽との邂逅



『The Notorious Byrd Brothers』

12s.gJim McGuinn
gDavid Crosby → Crosby, Stills & Nash
bChris Hillman
dMichael Clarke → Dillard & Clark


d


Jim Gordon
gClarence White




ゲイリー・アッシャーによるプロデュースの5枚目のアルバム『The Notorious Byrd Brothers』レコーディング中、『Triad』収録をめぐる対立でデビッドが脱退。いったんジーンが復帰するが、1カ月も経たないうちに再び脱退。ついでにマイケルも辞めて、ジーンと、バーズのツアーサポートメンバーとして加わっていたダグ・ディラードが組んだディラード&クラークへ加入する。このころジムは新興宗教に傾倒し、ファーストネームをロジャーに改名している。いろいろな苦労がしのばれるわけだが、アルバムの完成度は高く、バーズの最高傑作と評価する専門家も多い。シングルカットされた『Goin' Back』、カントリー調の『Wasn't Born To Follow』はジェリー・ゴフィン&キャロル・キングによるソングライティング。





『Sweetheart Of The Rodeo』
12s.gRodger McGuinn
keyGram Parsons
bChris Hillman
dKevin Kerry


g


Clarence White




4月/シングル『You Ain't Going Nowhere』

新メンバーとして加わったのは、クリスと旧知の仲だったグラム・パーソンズ。ドラムスはクリスのいとこにあたるケヴィン・ケリーが担当する。
さて、グラム・パーソンズはガチガチのカントリーミュージシャンであり、彼はバーズをとんでもない方向へ引っ張っていくのだった。その結果生まれたアルバムが『Sweetheart Of The Rodeo』である。いまでこそ、カントリー・ロックの先駆けとして70年代のロックシーンに大きな影響を与えた名盤と評価されているが、セールス的にはお世辞にも成功したとは言えない。カントリー好き以外の人には退屈なアルバムです。少なくとも、ぼくにとってはそうだった。そりゃおまえの了見が狭いのだと言われればそれまでですが。

5月/イギリス公演中にローリングストーンズと親交を深める。とくにグラムとキース・リチャーズは意気投合し、カントリーへのアプローチを示唆。それが『Honky Tonk Woman』のヒントとなる。

7月/ヨーロッパ公演を終えた直後、グラムが脱退。バーズはそのまま南アフリカ公演へ向かい、ステージではローディのカルロス・バーナルという男が“グラムになりきって”代役を務めた。しかし、当時まだ国際社会から締め出されていた南アで公演をおこなったことに対する非難や、その他グループをめぐるトラブルが多発し、とくにマネージメント上のいざこざは深刻で、クリスを脱退に追い込むことになった。

9月/シングル『I Am A Pilgrim』

●グラム・パーソンズ、フライング・バリット・ブラザーズ結成。後にクリスも参加。

●この年、ジーン・クラークは、ダグ・ディラードとともにディラード&クラークを結成。メンバーにはバーズを辞めて参加したマイケル・クラーク、のちイーグルスに参加するバーニー・リアドンなどがいた。

●デビッド・クロスビーは、パパス&ママスのキャス・エリオットの自宅で元バッファロー・スプリングフィールドのスティーブン・スティルス、元ホリーズのグラハム・ナッシュとジャムセッションをおこなう。3人のユニットによるデビュー作『Crosby, Stills & Nash』は翌年発売される。

●ポコ、ファーストアルバムをライブ盤で発売






1969
飛ぶことを忘れた鳥たち



『Dr. Byrds Mr. Hide』

12s.gRodger McGuinn
gClarence White
bJohn York
dGene Parsons




1月/シングル『Bad Night At The Whiskey』

5月/シングル『Lay Lady Lay』

クラレンス・ホワイトが正式に加入。ベースにジョン・ヨーク、ドラムスもジーン・パーソンズに交替。演奏技術そのものは飛躍的に向上した。こうしたメンバーで発表されたのが『Dr. Byrds Mr. Hide』。辞めたグラムとロジャーの共作『Drug Store Truck Drivin' Man』が収められていたり、本来はカントリーやブルーグラス畑のプレイヤーであるジーン・パーソンズ、クラレンス・ホワイトが正式メンバーになったりと、前作でカントリー方面へ大きく舵を切ったバーズの方向性は、このアルバムでも基調として活かされている。ただしセールス的には大失敗で、アルバムチャート最高位153位と、人気も地に墜ちた感がある。考えてみれば、リーダーのロジャーはまだ28歳なのだ。その年齢で「すでに終わったバンド」と見なされるのはけっこうキツイ。しかもマネージメントの問題が重なり、グループは金銭的に破綻寸前。存続の危機に瀕していた。

10月/シングル『Ballad Of Easy Rider』アコースティック・ギターの乾いたピッキングによるアルペジオが印象的なカントリー・バラードの名曲。これとは別に、ロジャー・マッギン個人のクレジットによるサウンドトラック盤もある。

12月/シングル『It's All Over Now, Baby Blue』。ドゥービーブラザーズがカバーした『Jesus Is Just Alright』とのカップリング。

アルバム『Ballad Of Easy Rider』発表。タイトル曲はデニス・ホッパーとピーター・フォンダの映画『Easy Rider』のために書かれた、ロジャーとボブ・ディランの共作である。プロデュースにテリー・メルチャーが復帰、またメンバー個々の個性がほどよく息づいていて、バーズ再評価をたぐりよせる好盤となった。

●この年、CSNにニール・ヤングが参加。「ウッドストック」に出演する。

●「オルタモントの悲劇」で知られるローリングストーンズの公演で、フライング・バリット・ブラザーズがゲストアクトとして招かれる。