チョウショウイン はたざくらまんじゅう
1999年11月211日志木市産業祭会場で披露、新発売、完売デビューして以来、志木市の名物として定着しています。
志木市環境教育推進員つどい」「志木市くらしの会」「志木市和菓子振興会」が開発、新発売したものです。世界に1本といわれているチョウショウインハタザクラにちなんで志木名物を作成。
志木市天然記念物チョウショウインハタザクラのある長勝院跡は、古くは柏城址で、生き証人ともいえるこの1本の桜にまつわる話があります。

柏城主田面郡司藤原長割(タノモノグウシフジワラオサカツ)の「皐月前」という姫がおり、その姫に一目惚れした在原業平と駆け落ちした悲しい物語ありました。
時は流れ、京より訪れた高僧道典がその話を耳にして追善供養に手向けとした、一本の桜と伝えられています。
お問い合わせ取り扱い店 菓匠八百国、きくや和菓子店、風月堂、万葉和菓司、有喜菓子舗志木市環境教育推進員のつどいは、環境大学講座及び環境教育環境活動リーダー養成講座の修了者である「環境推進員」が集まり、平成7年度に発足しました。推進員が目指す一志木の自然と生活をマッチさせたまちづくり」は…との間のもと、さまざまな方面からプログラムが検討され、その一つとして「一本の木から考える環境教育プログラム」が立ち上がりました。その具体的な取り組みは、平成5年に市の天然記念物に指定され、その後、新種であり志木の固有種、文字どおり世界で一本と認定された山桜の老木「チョウショウインハタザクラ」を、まちおこしの材料として活用することでした。
志木市環境教育推進員のつどいについて(コミュニテイ志木より)
世界に一本「チョショウインハタザクラ」でののまちおこし
チョウショウインハタザクラ まず知っていただくことから

 「一本の木から何ができるのだろう?」この疑問を原点として活動がスタートし、その第一歩として、長勝院ハタザクラ歴史と観桜会、桜のワークショツプ、桜のいろいろバス見学会、桜の専門家による話と志木の自然、ハタザクラ新聞の発行、「長勝院の桜物語」伝説創作等の事業を実施しました。
これらの目的は、まず、志木のチョウショウインハタザクラの存在を、市民をはじめ、広く内外にアピールすることでした。一本の木から始まるまちおこしのさらなる展開これらのさまざまな活動展開は、5年目の現在、たくさんの成果をもたらしています。

 毎年4月の第一または第二日曜日に開催される「はたざくらまつり」には、市の内外を問わず、桜の花びらを一目見ようと、大勢の人でにぎわいます。また、ハタザクラにちなんだ新たな名物を作ろうと、平成11年度には、市内の和菓子組合と協力して一は・たさくらまんじゅう」を製作し、大好評となりました。
 さらには、昨年の5月には一二十一世紀に残したい埼玉ふるさと自慢百選一にも選ばれて、志木の「長勝院ハタザクラ」を名実ともに知らしめました。その他、市内の巨木・古木・珍木調査も実施し、番付表を作成するなど、一本の木から始まるまちおこしは、とどまることなく展開されています。

 2002年は、桜の開花が遅く、まつりの人出が心配されましたが、接木で増やしで別な場所に植えた木の花を牛乳屋さんの冷蔵庫で保管して、開花させるなどの努力もあり、当日は穂坂志木市長をはじめ多くの市民が集まりました。

 2003年4月6日は、ほとんど花が咲いていませんでした。にもかかわらず市内はもちろん市外からも多くの人が集まりました。特に、4月1日に、「チョウショインハタザクラ」が「志木市民の木」に制定されたのを記念して、挿し木で増やした若木の植樹がおこなられました。

2004年4月4日は、ちょうど満開でしたが、あいにくの雨の中でした。恒例の甘酒サービス、お茶席、お菓子・お酒の販売は、志木第三小学校でおこないました。

2005年4月3日は、桜の開花が遅く。つぼみが硬く咲いていません。4月10日には三分咲き、17日は散り初めでした。右の写真も4月17日。

チョーショイン
ハタザクラ



2002


2004


2005